歩いて6日目【岩淵宿(間宿)→蒲原宿→由比宿→興津宿→江尻宿→府中宿】残318km

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朝は4時に起床。
くっそ蚊に刺されとる…片付けている間にも周りを飛んでて
もー、こんなに吸ったのにまだ欲しいんかい!(`ε´)
とか一人寂しくつぶやきながらも4時半には準備体操開始。

膝の調子は…まぁ昨日よりはまし。
とりあえず歩くのは問題ないが、曲げた状態で体重をかけるとダメな感じ。
要するに段差は要注意だ。昨日と同じじゃないか。
今日はひとつ峠があるんだよなぁ( ´,_ゝ`)
不安はあるが、仕方ない。
余裕だった場合とダメだった場合、両方の宿泊地候補を設定しておく。

クリーム玄米ブランの残ってた一袋をかじっていると、
昨日寝る前に声をかけてくれたおいちゃんが起きてきて、
まだ間に合うならと温かいコーヒーを分けてくれた。ありがたく頂きます!


↑ビール用のでかいコップだった。めっちゃ温まる(*´Д`*)

それでは5時に出発。
天気は晴れ!夜はだいぶ降ってたみたいだ。地面が濡れている。


↑富士川の常夜灯 昔は三つの渡船場があった。吉原側からもこの常夜灯は目印だっただろう。

富士川橋まで戻ったら、国道を逸れて旧道に入る。


↑排水溝の蓋に「東海道ルネッサンス」 いい顔してるな(´・ω・`)

昨日の昼から動いていないのもあって、開始早々体の調子は悪くはないが、
しっかりウォーミングアップを意識してあえてゆっくり歩いていく。
私は神奈川県民らしく歩くの早いので、
朝いきなりザクザク歩いたのも足に負担だったんじゃないかなと。

やっと歩く旅にも慣れてきて、自分のペースとか一日の流れも把握してきた。
箱根越えた自信もあるし、気持ち的に少し余裕ができたというか、
自分の速度や足への負担具合を把握できるようになった気がする。
目的地近くで気持ち焦ってるなちょっと速いなとか、あと1時間で足を休憩させた方がいいなとか。
今までは必死でそういう事に考えが及ばなかった。とりあえず進まなくちゃ!みたいな感じだった。

足が痛くない朝一にサクサク進みたい気持ちをぐっと抑えて、
ゆっくりゆっくり丁寧に足を繰り出す。


↑おお、何だかわかりますね、東海道を歩いて来た私にはわかりますよ!!


↑5時半、岩淵の一里塚跡 江戸から37番目!(148km)

今の私はまさに江戸から歩いてきた旅人だ。
遠目からでもはっきりと存在感のある一里塚、進路の先に見つけるとホッとする(*´ェ`*)

この先でまた道を間違えて500mくらい戻る。
事前調べで曲がる場所もチェック入れてるので、その地図をちゃんと見てればいいんだけど、
見ないでボケーッと突き進んでしまう私が問題なのです。


↑5時45分 秋葉山常夜燈 ここで曲がらなければならなかったのに。
東海地方は秋葉山と彫られた常夜灯が多いんだけど、
火防(ひぶせ)の神様として祀られていた秋葉山信仰によるもの。


↑相変わらず民家の間をいく旧道。

ここから少し山側に入っていく。


↑竹林を過ぎた先にまた秋葉山常夜灯

↑6時20分 道路が合流したところでまた秋葉山常夜灯

新坂という名前通り坂が多い。
東名高速道路の上を跨ぐ橋を渡ったところでちょっと休憩。
道の先に下り坂が見えてるんだもん…結構登ってきた気がするので当然下りますよねぇ。
膝の調子はまぁ悪くはないけどやっぱり痛い。決して良くなってはいない。
まだ今は大丈夫なだけで、歩き続けたら昨日の二の舞だろうという確信がある。
いかに爆発を遅らせるか、休憩させて騙しながら進むしかない。とにかくこまめな休憩!


↑6時45分、蒲原の一里塚 江戸から38番目!(152km)
津波で流されてしまったそうで、当時の面影は何もない。


↑なんせ民家の隙間に収まってるからね!!一里塚を避けてコの字型に家を建てたんでしょうなぁ。


↑6時50分 蒲原宿東木戸跡 ここは道路が枡形になってる。
城と同様、侵入者がまっすぐ進入できないように直角に曲げられている。


↑塗り家造りの家


↑旅籠和泉屋


↑西本陣跡

蒲原宿は昔の町並みが自然な感じで残っていて、
新しい建物と古い建物がわざとらしくない混在というか、とても印象が良かったです。

歩いているおじいちゃんに話しかけられる。

オレも昔、勇気を出してやった事があるんだよ
へぇ、なんです?
軍人になったんだ。そんで戦争にいって、ちょうどこの足下に爆弾が落ちてきて、オレは砂をかぶったけど生きていたんだ。それが終戦2日前の事

おじいちゃんと並んで歩いてても話し始めると立ち止まってしまうので、
話し続いているのにおいていくのもなぁと付き合って立ち止まる。

生きて帰ったからには何か意味があると、いまは桜守なんかをやってるんだ。なんせ、この足下に爆弾が落ちてきて、友達が助けてくれたんだから。それが終戦1日前の事

話が堂々巡りで終戦何日前なのか突っ込むべきか迷い出したところで、
おじいちゃんの方が話を終わりにして送り出してくれた。ありがとうおじいちゃん。

実はお腹空いてまして(;´Д`)
コンビニ見つけたら入ろうと思ったら全然無い。
旧道は今の国道やメインの幹線道路ではなく、
ほとんどが民家の建ち並ぶ住宅地をトボトボ歩いていくものなので本当に何も無い。
ただ人が住んでいるところではあるので、自販機は絶対あるからそこだけは安心。

やっと見つけたコンビニでご飯。とトイレ。
今日はいつ補給できるかわからないので、しっかり食べておきます。


↑7時半 菓子パンで高カロリー摂取!

通勤のサラリーマンがめっちゃ車で出入りしている中、
駐車場の邪魔にならない隅っこで靴下脱いで休憩。

さて、行きましょう。ここから延々真っ直ぐです。


↑8時、あれだけ遠いと思っていた静岡も射程圏に入ってきましたな!

膝の痛みに限界を感じ、場所を選ばず隅っこで休憩。
3時間弱…まぁまぁだ。昨日の膝の状態からよく今日これだけ歩いている( ´,_ゝ`)
落ち着いている自分をほめる。

通りがかった幼稚園児たちに挨拶される。
引率する先生が率先して挨拶してくれたんだけど、いや、もう、ごめんね…
こんな道ばたに座り込んで靴下まで脱いでて…(;´Д`)


↑8時25分 由比に入ったらしい。


↑8時半、由比の一里塚跡発見。小さい。江戸から39番目!(156km)


↑レモンガス 静岡入ってからちょいちょい見かけてて、可愛いなぁと思っていた。


↑由比宿かな?隣の家とのギャップが面白いなぁと思って撮ったんだ。


↑8時40分、由比本陣公園
ヒヒヒ、ここで休憩してやんぜ…!と門を開こうとしたのに開かなーい!!(^ω^)
オープン9時かよ!
お掃除のおばちゃんいるのに…この一枚の扉すら越えられないのか…!
池的なところに亀がたくさんいたので世間話をする(独り言)


↑すぐ近くに「おもしろ宿場館」営業時間10時~


↑由比川橋の常夜灯

膝に不安は残るものの、進みましょう。
薩捶(さった)峠は事前調べでは道がわからなかったんだけど、
かなり看板が設置されてたので迷いませんでした。
ていうかさっき追い抜かれた幼稚園児がぞろぞろ歩いていたので、
その後ろをくっついていっただけですけど…


↑9時40分、名主の小池邸 江戸時代の建物がよく残っているそうで。


↑わたしはあなたたちについていきます…!!


↑ビワの木が増えてきた。実が生ってるようだが、すべて紙が被せられてある。


↑幼稚園児は景色の見えるところで絵を描くらしい。追い抜かす。


↑10時、川島家茶屋本陣跡 ここらも間宿だったみたいですね。


↑確かにそんな感じの通りである。


↑10時、西倉沢の一里塚跡。江戸から40番目!(160km)

多少登ってはいるものの、とくに峠らしい坂は無い。
もしかしてこの調子でふんわりと薩捶峠越えちゃうんじゃ…??

なんて期待は甘かった。


↑きた!急登!!薩捶峠右の看板出てる!期待裏切らず(^ω^)ヒュー

後ろから車が来たので先に行ってもらう。
坂の手前で止まった軽自動車は、すごい唸り声をあげながら駆け登って行った。

なんだここヤバイ斜度だぞ…
この斜度でくだりもあったら、後ろ向きになってバックでおりようと思いました(;´Д`)
そのくらい膝が不安過ぎる。

ビワ畑とミカン畑が左右に連なる中を、
これは登山だと思って歩幅を小さくゆっくり確実に一歩ずつ進む。


↑なんかすごいいろいろぶら下がってて


↑鳥害がひどいんだろうなぁ。

登りは膝もなんとかいけそうなので、ゆっくりスローペースで峠到着!

おおお!!!
一気に標高があがって広がる視界!


↑富士山は隠れちゃいましたねぇ。

ここは上から見下ろすとわかるけど、東名高速と国道1号はほぼ海の上を走ってるんですよね。
本来はとても人が通れるような場所じゃなかったんだろう。
だからわざわざ峠を登っているのだ。
東海道はトンネルも無いし、山があれば登るし川があれば舟で渡るし、
昔の地形や建設技術なんかを想像すると歩いているのも面白い。
なんでここは迂回してたんだろう?田園地帯だったとか、沼だったからとか。
トンネルが無いってすごいよ。


↑10時20分 なんかいろいろ道標あった。反対側(山側)は工事中の様子。


↑クリックで拡大。


↑10時半、薩捶峠山之神遺跡

峠にはトイレと小さな駐車場があった。
ここらは農家さんの土地らしく、観光地ではなくただの道路なんだって。
時期によっては収穫の為に駐車場は使えなくて、
観光の人には素通りもしくは歩いて来てもらうかするって地元の人が言ってた。


↑クリックで拡大 でかいです

というてもこのすばらしい景色!たまりませんな!
静岡から来たというハイキンググループと少しおしゃべりしてたらお菓子くれた。


↑構ってくれてありがとうございましたー!先頭集団含めて7人くらいでワイワイ登ってた。

薩捶峠は道がわからない事が不安だったので、今日の不安の種一つは解消。
もう残りは楽勝かなーって思ったら、今日の宿営地までまだ20km程…あるねぇ( ´,_ゝ`)
そうだよね、まだ11時だもんね。半分進んで午前の部終了って事だよね。

くだりは遊歩道が整備されているようなので、のぼりのような急坂は無いだろうとは思う。
でも不安だ…疲れたし、とりあえずちょっと寝よう。

ちょうど誰もいなくなったので、ザックに寄りかかって30分仮眠。
日陰が無くてポカポカ通り越して少し汗ばんできた頃に起きる。
11時半、痛みも落ち着いたのでおりていきます。


↑いろんなところに薩捶峠碑的なものがあって、どれが本物かわからん…。

くだる最中で老夫婦にすれ違う。
あっちで少しだけ富士山見えたよ」という言葉に気持ちだけ焦って先を進む。
遊歩道は軽くアップダウンしてるので、膝のためにも急いではならない。


↑うーーーん、見えない…


↑ん??これか???この高さって事は、見えたら相当大きいぞ。


↑ほらまた薩捶峠の碑

峠をくだった所から駅にいたるまでの道でまた迷う。
上中下の道があってなー、どこだかよくわかんなかったんだよ。
畑に迷い込んでたぶん1kmくらいロス。

峠くだった直後で話していた地元のおっちゃんに見つかって
まだいたの
いやちょっと道に迷って
あそこを左だよ
ありがとー
私がその角に到着したら、おっちゃんが遠くから「そこだよー!」って。ありがとう(*´ェ`*)

↑12時20分、瑞泉寺に出たという事は、道は合っているようだ。


↑12時半、興津川の川越遺跡

興津駅こちらの看板に従い進むも、2回休憩を挟む。駄目だ全然進めない。
たった2kmの距離なのに、1時間経ってるのにまだ着かない。
なんでだろう、おかしい…(;´Д`)

重い体を引きずってようやく興津川を渡り、
国道に一度合流したところでコンビニ見つけたのでもう一度休憩。


↑13時40分、そういえばご飯食べてないからかも…とエネルギーを補給。
7時に食べたご飯がお昼の気がしてたけど、
よく考えたらあれ朝ご飯だし、経過時間的にもそろそろ食べるべきだった。

コーラが効いたのか再び体が動きだす。シャリ切れだったのかな?


↑14時、興津の一里塚跡 江戸から41番目!(164km)


↑久しぶり!「日本橋から」って表記無くなっちゃったね。


↑14時10分、興津宿公園


↑興津宿はおもかげも少ないのでサクサク素通り。


↑14時20分に清見寺の横を通る。線路を渡った先になんだか広大な敷地が。


↑名古屋197kmがあんまり怖くなくなってきた。歩いていればいつか必ず着く。


↑15時20分、細井の松原 松原の最後の一本。ここで国道から逸れ右手の旧道に入る。


↑江尻宿もほとんど何も残っていない模様。
持ってる地図にもなんも史跡書いてないんだけど!
いやいや、あるでしょ、せめて木製でもいいから碑が。


↑15時45分、江尻宿寺尾本陣跡 やけに立派な。

結構話しかけてくれる人がいて助かる。
気が紛らわされて、膝の痛みが少しマシになる気がする。
膝は休み休みでごまかしつつ進む。
痛みが強くなったら座って休ませればまた歩ける。
座った状態で手で支えながら膝を曲げて、痛みが出るようならまだ早い。
痛みがなかったら多少歩ける状態まで回復、って事がわかってきた。

だいたい1時間に1回は数分でいいから休憩とるつもりで考えるようにして、
焦りが出ないように注意する。


↑16時20分、追分羊羹本店 ここの角に道標あったらしいが、うっかり見落としたらしい。
閉店してたら向かいのイオンでも購入できますって書いてあった。お土産購入、郵送してもらう。


↑16時40分、金谷橋 行燈をイメージしたらしい。
追分(おいわけ)というのは分岐点の事を言うんですけど、
ここは東海道道と清水湊への道「志ミづ道」の分岐点なんですって。


↑17時、草薙一里塚跡 江戸から43番目!(172km)なんで狸…?
でもこの一里塚はなんか愛されてるなぁって感じ。

ここらから車道が大きく歩道も広くなり、だんだん都会っぽくなってくる。


↑17時15分、草薙神社の大鳥居
再び幹線道路を外れて旧道を進みます。
あああ~ここ坂か!また!丘のようなアップダウンが地味につらい。

そして再び大通りに戻る。
府中宿とはすなわち静岡市!街だ!!

いろいろと再開発的なあれそれで、旧道は分断されて迂回に迂回を重ねます。


↑18時、東海道新幹線のそばに、旧東海道記念碑
夕日もあってえらく感動してしまった。
本当はこの先も道は続いていたんだけど、線路のために地下道で迂回しなければならない。
昔、大勢の人が行き交った東海道は今残っていないけれど、
目に見える形で、せめて残そうと、残さなければならないと、思った人がきっといるんだろうね。

線路幅広過ぎィ(;´Д`)
歩きでどうやって渡ればいいのかわからず、
基本的には車しかいけないだろう陸橋をトボトボ渡ってなんとか乗り越える。
ああ日が傾いているなぁ(´・ω・`)


↑18時20分、ちょっと休憩。足が痛い。
膝がっていうより足の裏が。膝はなんとか爆発は防いだ。
それより足が棒になる感覚に近い。だって5時から歩いてるもん。

アイスボックスひとつの氷の塊になってて半分も食べられなかった。
ていうか寒くなってきた!


↑18時40分、長沼一里塚跡 江戸から44番目!(176km)


↑19時、東見附(江戸見附)という事は…!ここから府中宿!

まだギリギリいけるかなと、攻めてみたらあっという間に暗くなってしまい、
予定していた宿営地が間違えてて1時間4km程ロスってしまった(;´Д`)


↑みんな大好き快活クラブに到着したのは20時近く。足が棒だ(ノД`)・°

これから記録して明日の予定考えて…明日ゆっくり起きたいなぁ…
とは思うけど、明日も峠越えなので、いつも通りで起きなくちゃダメかな。

【記録】
間宿・岩淵宿(道の駅・富士川楽座)→府中宿(静岡駅前):33km
道間違えやロスがあったので実際歩いたのは40km超えと思われる。
歩数:61,654歩
歩行時間:5時~20時の約15時間(休憩含む)

【支出】計3,855円
朝 おにぎりと菓子パンとR-1+行動食:739
昼 ハムカツミックスサンドとコーラ:368
アイスボックスとポケットティッシュや電池:691
快活クラブ:2,057

別計上(土産代)追分羊羹:6,557


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